GIFT (2)


ジープから降りて改めて仰ぎ見たレッドウッドは、簡単に樹齢を推し量ることもできないほどの圧倒的な存在感で、ハボックの目の前に聳え立っていた。
長身の彼の、二人分のリーチをもってしてようやく囲い込むことが出来そうな太い幹、そしてそこから伸びる枝葉は、荒れた大地のなけなしの生気を吸い
取って、荒ぶる神のように縦横無尽に生い茂っている。
「ふぁーっ、凄いっすねぇ」
天空を仰ぐ仕草で巨木のてっぺんに一度目をやってから、その視線を徐々に下ろし、一通り巨木全体を見渡したハボックが感嘆の声を上げた。
「神木という名に恥じないだろう?」
いつの間にかハボックの横に立ち、同じようにレッドウッドを見上げていたロイが、葉陰にその姿を大半隠された、彼方に広がる湖から届く波の輝きに目
を細めた。
「ええ、でも―――」
年間を通して雨量が多いアメストリス南部に分布するこの神の宿り木は、東部には自生していないはずだ。
それならば。
「この樹をわざわざ南方から運んで植樹するなんて、物好きを通り越してキチガイ沙汰っすよ?」
湖沼が多いだけあって、東部でもこの国定公園周辺地域の雨量はそれなりのものだったが、生命力に長けたヒースでさえまともに開花できないこの地
に、ただひたすら天を目指して根付くレッドウッドはあまりにも違和感がありすぎる。
「最初からこの大きさじゃなかったさ。六年前……この集落が完成して間もない頃、運び込まれて来たこの木はまだ細い幼木に過ぎなかった」
「え、だって、今じゃこんなに…少なくとも30m以上はあるでしょ?」
丸で何かの謎掛けのようなロイの言葉。それにハボックは首を捻りながら、眼前に立ちはだかる巨木の幹に手をかけた。
「何寝ぼけたこと言ってるんすか、大佐。たった六年ほどで幼木がここまで育つって、そりゃ御伽噺だけに許されるデタラメさですよ」
「デタラメで悪かったな。だがこの集落に住まう人々が元国家錬金術師だということを、おまえは忘れてはいないかね?」
そう指摘されて、ささくれ立った木の表皮を手慰みに剥していたハボックの手が止まる。
国家錬金術師のデタラメさ加減は、目の前に立つ黒い髪の上司が身をもって教えてくれている。そしてそこに彼がスカウトしてきた、異端の兄弟たちが加
わってからというもの、ハボックは世の中で囁かれる不可思議を、形どおり不思議な出来事と捉えたことはない。
「なるほど。それじゃこの木が短期間でこの大きさに育ったのは、錬金術のせいだってことなんですね」
「その通りだ。本来ならばこのレッドウッドの樹齢はたかだか十年ほどでしかない。だがこの木は―――」
自然の摂理を歪められ、それを望んだ訳でもないのに幼い年輪に百年余りの歳月を上積みされた。
イシュヴァールの内乱に参戦し、その後大総統の手に銀時計を返した者たちの数は十五名にのぼった。その中でひとり、内乱後すぐに姿をくらませて現
在にいたるティム・マルコーを除いた十四名が、この集落に『閉じ込められる』予定だったのだ。
けれど今、この集落に起居する者たちの人数は十二名しかいない。幸か不幸か、市井から忘れ去られたこの静かな集落で、まだ葬送の儀式が執り行
われたことはない。
それにもかかわらず、彼らの為に用意された十四の家屋のうち二件が空き家のままで捨て置かれているのには理由があった。

「錬金術師の村とこの世とを隔絶するシンボルとして、この木は植樹された」
数少ない植樹式を見守るメンバーの中に、少佐当時のロイの姿もあった。
共にイシュヴァールの地獄をかいくぐって来た彼ら、元国家錬金術師たちの終の棲家を見届ける。それが軍に残ると決めた自分に課せられた役割のひ
とつだと思ったからこそ、大総統に直々に訴えかけて上層部の末端に自分の席を設けてもらったのだ。
「植樹式当日に見たこの木は、信じられないだろうが私の身長より僅かに高い、それくらいのものだった。だが、その翌日に見たコイツの姿ときたら…」
灰色の岩肌を覆い隠すように青々と茂った神の木の雄々しい姿。つい昨日まで眼下に遠く見えていた、セントキアラ湖のおだやかな波動も豊かな葉群に
覆い隠されていた。
「錬金術によって一晩で姿かたちを変えられていたんですね」
「そうだ。そして一夜で大木となってしまったこの木の根元…そう、今おまえが立っているあたりかな、そこに二人の錬金術師が倒れていた」
揃ってまだ三十代前半の、自然科学の知識に長けた錬金術師だった。
同じギルドの門をたたき、競い合うように高度な錬金術を修め、そして時を同じくして国家錬金術師になった彼らは、まだ若い身空であるにも係わらず、
死体となって発見された時には、これも揃って枯れ萎んだ褐色の皮膚に無数の深い皴を刻み込んでいた。
「……等価交換ってヤツですか」
「錬金術の基本だからな」
イシュヴァールの業火に潰えたものたちの中には、彼らの輝かしい未来もあったのだ。
失った未来はもう彼らの元には還ってはこない。それならばいっそのこと、生ける屍としてこの村で過ごさねばならない長い年月を、崇高な神の木に捧げ
託した方がマシではないのだろうか。
絶望に押しつぶされた若い彼らが、そう思うのも無理は無いと思う。

―――そうだ、ここは。

地図にも載らず、ほんのひと掴みの人間にしかその存在を知られていないこの村は、忘れ去られる為に造られた『死の村』に他ならない。
そして今日、ロイたちがこの呪われた地に赴いた理由は。
「さあハボック、そろそろ行くぞ。レディを待たせる訳にはいかないからな」

今まさに消え行こうとしているひとつの命が、彼の名前を呼んだからだった。


(2006.04.09 つづく)


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