バンドネオンの夜(4)(137 ダンス*R16)
決して流された訳ではなかった。
下腹の熱が確かな疼きに変わったのは、差し出された男の手を取る以前の出来事であり、時間を置いた今では、
その疼きはロイの身体のあらゆる場所に飛び火していた。
「うわっ、危ねぇ!」
首裏を引かれたハボックは、ただでさえ怪しかった足元をさらにふらつかせ、たまらずロイをその腕に抱きこみながら床に倒れこんだ。
無様な【ダンスもどき】を披露していたふたりだったが、互いの身体を縺れ合わせながら倒れるほんの一瞬だけ、軍服のオーバースカートが
燕尾服のテールの優雅さでひらりと舞った。
翻ったその尾羽の下から静かに滑り落ちたものは、「裏切り」という彼らが口にすることの出来ない共通のキーワードだった。
「一体どーしたってんですか?」
瞬きひとつ分の間に、ふたりの身体の位置はハボックによって替えられていた。
本来ならば、ロイの背中に当たるものはリビングの硬い床のはずなのに、今その背に当てられているのはハボックの逞しい二本の腕だけだ。
そして、自分は。
厚い胸も、堅い腹も、すべての場所が温かい男の身体に乗せられて、猫のように安らいでいる。
「ねぇ、どーしたんですか?」
二度目に問われ、それと同時にさらりと髪を撫でられる。
その優しい仕草はごく自然で、鼻につくことなど何ひとつなく、自分がとても大切にされていることだけが訥々と伝わってくる。
この手に、この身体に、女のように何度も抱かれているのだから、今更そんな壊れ物を扱う仕草で自分に触れるなと、
憤る気持ちはとっくの昔に投げ出していた。
けれど、果たして今はどうだろう。
怒りとは違う、突き上げられるような焦燥感が全身を火照らせているのだ。
――――なるほど、これが熱の正体なのか。
肉の欲望にさえ理由を探してしまう自分は、とても滑稽な存在だと思う。
それでも、溺れることを拒むのは、理性を捨て去ることを拒むのは。
「ハボック、したい」
追い求める望みを成し遂げるためならば、自分はこの優しい手を振り切らなければならない日が来るかもしれない。
―――恐ろしいのはこの男では無く、この男のいない未来…か。
「ほら、腕を上げろ」
「よっと…これでいいっすか?」
まだ床に横たわったままのハボックの腹に跨って、ロイは自分の身体の下に敷いていた軍服の上着を抜き取る作業に専念していた。
「次はそっちの腕だ」
「アイ・サー」
共同作業でハボックの両腕から軍服の袖を抜くと、いつもと変わらないシンプルな黒いTシャツだけを纏った鍛えられた上半身が露になる。
「これも捲るぞ」
アンダーシャツを着けない男の身体を守る薄い布地を、腰骨の方から捲り上げるために腰を浮かす。
少しずらした尻に、既に勃ちあがっていたものがあたり、その感触にロイは唇の端を上げた。
「元気だな」
「当たり前でしょ?こんなに積極的なアンタを拝んで、反応しない方がおかしいっすよ」
もどかしくお預けを喰らっている男は、健康的なピンク色の舌で、自らの唇をぺろりと舐めて湿らせている。
その様子がとても美味そうで、ハボックを見下ろしているロイの悪戯心に火がともる。
「え…、大佐?」
ロイの手で捲り上げられた黒い布地はハボックの両脇を一直線に結んだ。
見事に割れた腹筋と、程よく盛り上がった胸筋が外気に晒され、その刺激で細かに肌が波打っていく。
「今日のおまえはとても美味そうだ」
徐々に変化していく素直な肌をまずは視線で堪能してから、ロイは綺麗な微笑みを駄賃だと言わんばかりにハボックに投げかけた。
「ん…っっ」
ハボックの身体の上に乗り上げて、好き勝手に振舞っているロイの青い軍服は、いまだに一糸の乱れも無い。
自分がされたのと同じくらいにロイの着衣を乱し、段階を追うごとに変化していく極上の肌の色を愉しみたいという、譲れない欲望を満たすために
ハボックが伸ばした手を、ロイは情け容赦なく叩き落した。
「まだだ、ハボック。悪戯をするなよ?」
艶やかな黒髪を戴いた頭を屈みこませ、荒く上下するハボックの腹筋を舐め上げていたロイが、クスクスと笑い声を上げる。
「は…いつまでお預けをくらわすつもり…っすか?」
行き場を失った手で、欲情を隠せなくなった自分の顔を覆いながら、ハボックは恨めしげに呟いた。
「私の気が済むまで、だ」
熱く濡れた舌が、残酷に下腹から鳩尾をゆっくりと辿り、部屋を満たす、何曲目かのタンゴのテンポを凌駕する速さで鼓動を刻んでいる
胸までを舐め上げていく。
「あ…っ!」
柔らかなくせにそれ以上に凶暴なロイの舌先は、最終的にたどり着いたハボックの右の突起を揺り起こす優しさで軽くつついた。
わざと立てたにちがいない濡れた音と、ゆるやかに襲ってくる快楽が相俟って、ハボックは噛み殺し損ねた小さな声を上げた。
「いい反応だ」
初めての感触に戸惑うハボックにとどめを刺すように、ロイは固くしこった小さな淡い色の粒を白い前歯で軽く噛んだ。
「た…いさ、まさか俺を食うつもりじゃ…?」
慣れない快楽に押し流されそうになりながら、それでも健気にハボックは、自分の腹の上に乗っている愛しい暴君に、
不安を噛み殺しながらその真意を問いかける。
「ふん…期待を裏切るようで申し訳ないが、私は男を抱く趣味は持ち合わせてないのだよ」
気に入りのエサを啄ばむ小鳥のような唇を胸の突起から離し、律儀に答えを返した黒い髪の暴君は、
欲の熱に浮かされた吐息をひとつ吐き出したあとに再び腰を浮かし、同じ熱を忙しなく吐き出しているハボックの唇を、深く、深く、貪った。
(2005.05.10 つづく)
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