バンドネオンの夜(5)(137 ダンス*18R)


「ここか?」

床に両膝をつき、大きく開いた自分の足の間に横たわる男のボトムのポケットの中をロイはかき回した。
色んな意味で肉体的にハードな仕事を多くこなす男には生傷が絶えず、小さな傷であれば自分で簡単に治療を済ませてしまう。
そんな職場だったから、ワセリン入りの傷薬を詰めたケースを持ち歩くことは、ハボックにとっては財布や煙草を持ち歩くのと同じくらい
自然なことだった。
ごそごそと、ハボックの太腿を刺激していたロイの手が止まる。

「いい心がけでしょ?」

長い睫毛を見せ付けるように目を細めながら、ロイはポケットに突っ込んでいた右手をゆっくりと引き抜いた。

「ああ、そうだな」

本来の使い道を手放して、繋がるための潤滑剤として取り出されたそれは、すがしい青い瞳を自分から逸らすことのない男によく似ていると思う。
たっぷりとそれを塗りこめられた傷口はそれ以上に広がることはなく、ただ癒しだけが深く皮膚に浸透していく。
そして今はロイの身体を傷つけることのないように、薄く滑らかに柔らかな場所に塗り広げられ、優しい膜に変わっていくのだ。

瞬く間に熱がこもり出した身体を、軍服の中から解き放った。
投げ捨てた上着の下に着込んだワイシャツのボタンも、引きちぎる荒さに似た手つきで全て外し、横たわる男に白い胸元と腹を見せ付ける。
単調で面白みのない身体だ。
だが、それでも律儀に喉を鳴らして、自分が乱れていく様子を見つめている男が、掛け値なしにいとおしい。

「まだ手を出しちゃダメっすか?」

苦しげに囁く低い声も、ロイの許しが出ればすぐに起き上がれるように準備されている震える腹筋も、欲情に滲む獣じみた目も、
すべて自分がハボックの内から引きずり出したものだと思うと、たまらない征服感に満たされる。

「ああ、まだ待て、だ…」

いつの間にかタンゴのメロディーは止み、あからさまな欲望の息遣いだけがこの場に残されていた。
けれど、ロイの体内に流れるバンドネオンの音はまだ消えず、求めるままに愛情を貪りたいと泣き叫んでいた。
それなのに、健気に伸ばしてくる男の手をロイは拒む。

「いつまでっ…!」

残酷に続くお預けの言葉を呪いながら、ハボックは腹に込めていた力を抜いた。
理不尽な扱いだと憤るその抗議のように、腹の上に載せられていた蓋の開いた傷薬のケースがふるりと揺れて床に落ちた。

「ふ……っ、あ!」

長く形の良い指が、ロイの体内にゆっくりと呑み込まれていく光景が、淫夢のような容赦の無さでハボックの脳髄を侵していく。
器用に足から抜き取ったボトムは、暖かな肌を惜しむようにロイの足首に絡み付いていたが、育っていく欲望の形を隠すには程遠く、
ロイが動くたびにゆるやかに翻るワイシャツの裾から覗く場所は、ハボックの熱を煽る色に変化していた。

「ん…ふぅっ…」

指の腹から零れ落ちるくらいに掬い取られた白い傷薬は、確かに噤んだ器官に潤いを満遍なく与えてはいたが、
息を呑む合間に苦しげな表情を見せるロイの身体には、まだまだ負担の方が大きいようだ。
ぎこちなく抜き差しを繰り返す白い指は、ロイの身体の中でもハボックが最もつよく執着するもののひとつだったが、今は秀でた額に滲む汗と、
震える薄い唇を噛んで耐える痛みをロイに与えているその指が、心底憎いと思う。
――――それは俺の役目じゃねぇかよ。
口惜しさにハボックは目を閉じてみたが、ねじれた嫉妬のほむらは闇の中で揺らめいたままで、一向に消える気配が無い。
あの頑なな場所に彼と溶け合うために体温を移し、快楽を引き出すのは自分だけの役目だったはずだ。
そうして自覚したのは、ハボックの中に眠る獣を繋ぐ鎖を引きちぎる激しさの怒りだった。
――――俺の役目を取り上げるなんて、そんなの許さねぇ…。
過去は知らない。
けれど、自分の上で切ない声をあげている人に今触れていいのは、自分だけだ。
他人と踊るダンスは勿論、ロイひとりが踏むステップも赦すつもりはない。

「大佐、アンタ、どういうつもりなんですか?」

堪らず再び腹に力を込めて、鍛えられた腹筋だけでハボックは上体を起き上がらせた。

「ハボ…ック?」

額に張り付いた前髪の下の黒い瞳が欲情に濡れたまま、何が起きたのか判らないというようにハボックを見つめる。

「俺以外の指をアンタに触れさせて、それを黙って見ているなんてこと出来ないっすよ」

それがロイ自身のものであろうと、自分は耐える気持ちは無いのだと教えるために、まだ体内に収められていたロイの指に、
ハボックは自分の指を添えて乱暴に引き抜いた。
微かな濡れた音が、胸にわだかまる苦い想いに輪をかける。

「これからは俺のだけを覚えてよ…お願いだから」

強く握り締めた濡れたロイの指に、自分の右の頬を擦り付けてハボックは言い募る。
欲しければいつでも自分を求めてくれればいい。この指の熱さを、形を、それ以外の自分の全てを、ロイの身体に植えつけるほど、
愛する自信が自分にはあるのだ。


「あ…ハボッ…もう」
「もう…なんですか?」

溺れる身体を繋げ止めるために、ハボックの首裏にまわされたロイの両手に力が入る。
向かい合う形でハボックの膝に乗り上げている汗に塗れた白い身体は、休むことなくゆらゆらとゆれ続けている。
その合間を縫って、ハボックはタイミングを違えずロイを強く揺すり上げていた。

「ん…いい…」
「ココがいいんですか?」

甘く強請られるたびに、強弱をつけて腰を打ち付けて、膝の上のロイを蕩けさせる。

「ははっ…まるでダンスを踊ってるみたいだ」

タンゴのメロディーはもう聞こえてはこない。
けれどいつまでもこの手を取っていたかった。

「アンタが止めたいって言っても、俺は…止まりませんからね」

耳元で囁く声にも、身体を震えさせて反応させる、そんなロイの手を離すことなど今は考えられない。

「その言葉…わ…すれるな…よ?」

喘ぐ息の中で、切なく笑いながらハボックに釘を刺すロイの身体を抱きしめながら、ハボックは声には出さずに何度も何度も頷いていた。


(2005.05.19 終了)


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