PERFECT DAY(4)


用意周到と言えばいいのか。
満面に広がる人の悪い笑顔と共に差し出された銀色の紙を見せられて、一気にその場の空気の流れが変わった。

「おまえ、なんでこんなもん…」
「気持ちよく遊びたいなら用意を怠っちゃダメなんだぜ?」

エヘンと大げさな咳払いをして、ヒューズはめがねのつるを右手の人差し指で押し上げる。
つかの間露わになった眼を自分の方に流し、片方をつぶっておどけた表情を見せたヒューズから、ロイは黙ったまま銀紙を奪い取った。


「そいつで決定?」
「異議がなければ」

意見を求めるまでもなく、すかさず残された三名から口々に'意義なし'の声があがる。

「んじゃ、始めるとするか」


満足げなヒューズの声に続くのは、それぞれお目当ての酒のキャップをあける音。
抑えた'乾杯'の合図と供に、各自が手にしたミニボトルを軽く触れ合わせる。
その後に行儀悪くボトルに直接唇をつけ、芳醇な雫に喉を鳴らしたのは4人だけだった。

ヒューズが手にしているものと同じモルトウィスキーを足元に置いて、ロイは先ほどヒューズから奪いとった銀紙の上に、
耳かきに似た形の匙で掬い取った粒子のままのアルカロイドをふるい落とす作業に没頭している。
毒と言い切ってしまうには、あまりにも穢れを知らない白。
自分たちの命を預けているに等しいロイのすんなりとした指先が、細い匙の柄をトントンと叩いてそれを落としていく様を眼にして、
なぜかヒューズの背筋に微かに戦慄に似た震えが走った。


「これで準備完了だ。あとはこれを炙るだけだが・・」

独り言のように呟いて。
ロイは匙をおろしたばかりの右手を、制服のジャケットの内側に忍び込ませた。

そこに隠し持っているものは―――

「あー、俺ライター持ってるぜ。これ使えよ」

見慣れた乳白色のロイの左手に、素早くヒューズはオイルライターを押し付ける。
ジャケットの襟元に差し込まれていた右手を包むものが、自分以外の眼に触れる前に。
彼が生み出す焔が、他人の目に触れる前に。



焔を司るその指は、自分が生み出したもの以外の熱には滅法弱かったらしい。
慣れない仕草でライターのホイールを数度転がした末に、漸く灯った愛らしい炎。
光る細かな粒を乗せた銀の紙を下から炙り出した傍から、薄い皮膚をその小さな熱に侵されて、ロイの表情から余裕が消えていく。

「あちーんだろ?代わってやるよ」

それでも弱音を吐かないロイの手からライターを取り戻したヒューズが、見せ付けるような鮮やかな手つきで着火石に火をつける。
ちりちりと銀紙を焼く高温に、小さく盛られた白い粒が溶け出して徐々にカタチを変えていく。

焼ける紙の上で極上のきらめきを見せて踊る姿を最後に、次々と白い粒子は熱に燻されて液体へとメタモルフォーゼを遂げていく。
銀紙の凹凸をすべり出した液体から立ち上る無臭の煙は、資料室を満たす豊かなアルコールの香りを妨げるものではなかった。

ただ甘く、激しく。

若い脳髄を支配しようと、しのび込んだ彼らの身体の中に浸透していく。

ヒューズの手の中でライターの火が揺れていたのは、時間にすればほんの十数秒といったところだろうか。
あっと言う間にアルカロイドの粉は煙となって昇華され、色を変え始めた銀紙の上からその姿を消してしまった。


ゆったりと身体中に満ちてくる気体の気配を確認しようと、ロイはゆっくりと瞼を下ろす。

暗褐色に閉ざされた視界に、小さなライターの炎の残像がくっきりと浮かび上がる。
儚く揺れるその炎は、幻でありながら美しく、そして温かかった。


閉じたときよりも、更にゆっくりと瞼を開いたロイを見計らったようなタイミングで哄笑がおこった。
唐突にあがったその声に驚いて視線を投げた先には、身体をくの字に折り曲げて床を転げまわっているラプターの姿があった。

「いきなりドカンと来たようだな」

耳元で囁くヒューズの声。
鼓膜を震わすその音は、それ以外の場所まで深く潜り込み、ロイの内側を掻き回していく。

ウィスキーを舐めるヒューズの横で、フランカーが激しく眼を瞬かせたあとに瞼を押さえながら横たわる光景を見た直後から、
ロイの身にも本格的に異変が始まった。

「あ・・なんだ?」

いつも通りに眼を見開いているにもかかわらず、急速に視界が狭まっていく。
切り取られた絵のように、それ以外を闇色に塗りつぶして視界にたったひとつ残されたものは、
少しだけ緩慢な動きになったように見えるヒューズの姿だった。
唯一残されたビジョンの中、相変わらず酒をあおり続けているヒューズの周りを球形の光たちが飛び惑う。

孔雀の羽を思わせるその光の塊たちは、僅かな間にキラキラと色を変えながら、尾を引く速さでロイの視界を駆け巡っていく。
赤く生まれ、青に染まり、白く流れ、緑となって散っていく光の渦の中。
無数に飛び交う光の中心に据えられた男が、ふいにこちらを振り返る。

「おい、ロイ?どうした・・ん?」

訊ねられ、返事をしようにも、カラカラに乾いた唇は容易には開かない。
小さく震えだした冷たい肌に、近づいてくるヒューズの体温は泣きたくなるほど心地よい。

「珍しいな。おまえがトリップするなんて・・大丈夫か?」

冷えたロイの手を取ったヒューズの体温が肌に馴染むと同時に、バッドトリップと言ってしまうにはあまりにも美しい色彩の洪水は終焉を迎えた。

「あっれー、おまえの瞳孔すっげー小さくなってるぜ?あとでどんな幻覚を見たのか教えろよな」

笑いながら覗き込んでくるヒューズの緑色の瞳は、体内に残るアルコールとドラッグのせいで滲むほどに潤んでいる。


ああ、教えてやるよ。

でも、儚く俺の前で弾けて消えて言った光の球よりも、今目の前にある緑の方が綺麗だと思ったことは言わない。

―――――きっと死んでも、言わない。



(2004.06.13 続く)


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