PERFECT DAY(2)


いつもは。
どちらかと言えばかさついた感触の唇だった。
乾いた男の唇は、どんなに回数を重ねても強張るロイの唇を宥めるように、何度も啄ばむ仕草を繰り返すことから始めるのに。

「ん・・っ」

蕩ける甘さの濃い酒がヒューズにどんな作用を及ぼすのか。
自分の唇に残るアルコールの雫をなすりつける強さで、噛むようにロイの唇を覆いつくす。
酸素を求め開いた口にすかさず入り込んだ柔らかな舌は、そこから伝い落ちてくるウィスキーのせいでいつになく熱い。
再び圧しかかってくる固い身体を押しのけようともがく腕から、臓腑を焼くウィスキーの魔法が指先に篭る力までをも奪い去ってしまう。

「ふぁ・・・ん」

ヒューズの身体が重なる場所がどこもかしこも熱を帯びてくる。
いっそ潔くと顔の横に落とした手と、いたずらに白いシーツに波を描いていた足が動きを止めた。
このままヒューズに流されても、すべてをアルコールのせいに出来る。
そんな小ずるい駆け引きがロイの脳裏を掠めたのと同時だった。
きっと女が相手ならもっと手加減するのだろう、痛みを覚えるほどに押さえつけられていた体身から拘束が解ける。

「酒くらいで流されて欲しくねぇな。もっと抵抗してくれた方が落とし甲斐がある」
「勝手なことをっ!」

中途半端に身体にともった熾火をどう消せば良いというのか。
そんな状態のロイを放り出したまま、ヒューズは枕元に置き去りにされていた読みかけの本を手に取った。

「酒なんかよりキツイこれを使っても飛べねぇんだろ?俺自身に流されんなら全然かまわねぇんだけどな」

パラパラと頁を捲る指先がふいに止まり、分厚い本の中から小さな栞がわりの一枚の葉をヒューズはつまみ出した。

わずかに開いた窓から入る風。
ヒューズの指に挟まれた暗褐色に変色した五角形の葉は、気を緩めればすぐにそれにさらわれてしまいそうな儚さだ。

「これ、ヒヨスの葉だよな」

初夏から秋にかけて黄色い可憐な花をつけるこの植物は、この世界の広い地域に分布し、
アメストリス国でも一部の乾燥地帯を除けばあらゆる場所でその姿を見ることができる。

急激にさかまきだした産業革命の嵐に、地図作成すらも追いつかない状態のセントラルでも、一歩郊外へ足を伸ばせば
まだまだ大小の森や林が息づいている。
手付かずの緑の中には今でも、古来より鎮痛剤や鎮静剤、睡眠導入剤などとして用いられた植物がふんだんに溢れていた。
素人が見ればただの花や草にしかすぎないもの。
だがその効用を知る者には、群生する緑は宝の山に等しい。
ヒヨスはその中でもアルカロイドを多量に含むものとして有名で、医薬品としては鎮静・鎮痙に効く生薬として用いられてきた。

しかしそれは「適量」であれば、の話だ。
ほんの少し多量に使えば幻覚剤に変わり、それを過ぎれば使った者の命を奪う。

「オレが留守の間に使ったのか?」

いびつな五角形の葉をくるりと指先で弄んだあとに、ヒューズはまだ頬を紅潮させたままのロイの小さな顔の輪郭をその葉先でなぞる。

「まさか。飛べない"毒"なんて自殺願望のあるヤツにしか用なしじゃないか」
「はは、確かにそうだ。どうだ、今日当たりココに残ってる物好きな奴らを"コーヒーショップ"にご招待してやるってのは?」

それはエリート予備軍が詰め込まれた中央士官学校内で、受け継がれ続けている隠語のひとつだった。
エリートと言えど、もとを質せばまだ年若い青少年ばかりがひしめき合う場所に、平穏だけが満ちる訳がない。

いや、それどころか。
高みを目指す者たちだからこそのあらゆる欲が、そこにはおざなりに蓋をされて放置されていた。
抑えつけられた欲望は、どんな小さな綻びも見逃すことはない。
破れた場所から監視の目をかいくぐってそれらは飛び散っていく。
そんな飛散したもののいくつかがたどり着いた場所のひとつが"コーヒーショップ"だ。

そこにたむろすれば、主人が調達してきた煙草や酒などのおこぼれに預かれる、そんな可愛らしい場所だった・・のだが。

ロイ・マスタングという主人によって"コーヒーショップ"の品揃えの中に新たに加わったものは、所謂「合法ドラッグ」というものだった。


(2004.05.31続く)


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