PERFECT DAY(1)



「酔えない・・・」
「諦めろ、そりゃ体質のせいだ」
「昔は酔えた・・・」
「じゃあ、耐性ってヤツだな」

環境の変化だの、経験の積み重ねだの。
それを経て徐々に変化していく自分について行けないときがある。

「歳をとれば普通、アルコールのまわりが早くなるんじゃないのか?」
「なにごとも例外ってーのがあるからな」
「ここの夜の寒さをしらふで過ごせっていうのか・・・くそっ!」

アルコール度数40のウォッカの小瓶を毛布でくるんだ足元に転がして、ロイはうめく様に毒づいた。
砂漠地帯の昼と夜の気温差は、事前に得ていた知識を超える鮮烈さで、従軍の兵たちを日々痛めつけている。

気温を安定させるために必要な水分といえば、摂氏40℃に達する昼間の灼熱に搾り取られる人々の汗ぐらいのものだ。
だがそれすらも、乾いた熱風に晒されれば、瞬く間に肌に咲く白い塩の華に変わってしまう。


「酔えないのは俺も同じだぜ、ロイ。寒いならもーちっとこっちに寄れよ」

チリチリと皮膚を焼く滲んだ陽の下に立つだけで、命を削りかねない白昼の砂漠では稀にしか戦火は見られない。
太陽が砂の波に呑まれたあとにこそ、ここには動乱の駆け引きがうごめきだす。
小隊ごとに設営された軍用テントの中、身体に引き寄せた自動小銃の冷たさが沁みる夜に、酒で心を麻痺させている者がどれほど居るというのだろう。


「そう言えばおまえ、士官学校時代の"コーヒーショップ"‥あそこでも飛んだことなかったよな」



その才能や約束された将来ゆえに、錬金術師を羨み妬む者は少なくはなかったが、それと同じくらいに娯楽と切り離された士官学校内では、
ロイ・マスタングは重宝された。

細かく分けられた学科ごとに異なるカリキュラムがあるものの、兵法・戦略・基礎軍事訓練・兵器論・軍事演習と、士官学校で学ぶ若者たちには、
その頭脳と身体に叩き込ませる事柄が満ち溢れるほどに用意されている。
そんな中でも比較的器に余裕のある者たちは、要領よく自分にあう愉しみを見つけ出しては、若い好奇心と欲求をなんとかかんとか満たしていた。

109の元素を構造式に基づいて物質を創造する錬金術師の殆どは、ごくごく初歩の段階の薬物学を習得している。
特に植物からアルカロイド、セロトニン、ケリドリンなどを抽出することなどお手の物だった。

まず最初にその錬金術師の能力に眼をつけたのは、ロイ・マスタングと同室となったマース・ヒューズだった。



士官学校入学と同時に、後見者だった母方の祖父を亡くしたロイは、長期休暇期間にも学舎を離れることは滅多になかった。
一方のヒューズはというと、大半の学生が姿を消した閑散とした学舎に帰省の期間を切り上げて、物好きにも舞い戻ってくるのが恒例だった。
どちらも成績優秀で、教官たちの覚えめでたい二人だった。
けれど中央の安定した気候を満喫するのとなんら変わらない自然さで、わずかながら緩んだ教官たちの包囲網を掻い潜るかわいらしいスリルを
彼らは愛していた。




「おまえ‥またこんな中途半端な時期に戻ってきたのか」
「おうよ!オレが居なきゃロイちゃんが寂しがると思ってな〜」
「・・・バカかおまえは」

さも迷惑そうな声が、わずか3日で休暇を切り上げて戻ってきたヒューズを出迎える。
ベッドの上に仰向けで寝そべって本を読んでいたロイは、派手な私服のシャツを纏った広い背中にチラリと視線を向けた。

ごきげんに鼻歌を奏でながら、ヒューズは小さなボストンバッグの中から、数枚の着衣や家から掠めてきた
コーヒーや酒の小瓶などの嗜好品を引きずり出すのに夢中になっている。

自分のように行き場がない者ならいざ知らず、将来を約束されたも同然な優秀な長男を溺愛している親が健在なヒューズは、
引き止める腕を振り切ってくるのも楽なことではないはずなのに。

―――――物好きなヤツ。

でたらめな音階が耳にまとわりつく。
それと同時に急に上滑りしだした文字に深い吐息をついて、ロイは顔の上に掲げていた本を閉じ、乱暴に枕元に投げ捨てた。


「ああ?オレに遠慮せずにお勉強続けてくれればいいんだぜー?」

殊勝なことを言いながら振り向いた碧の瞳が、思惑通りのロイの行動に、してやったりとほくそ笑む。
デスクに備え付けられた抽斗の、一番奥に忍ばせた酒の小瓶の中から選んだ一本を手にして、
ヒューズは固く眼を瞑って不貞くされているロイが横たわるベッドの端に腰をかけた。

「お勉強が終わったんなら、こっち付き合えよ」

閉ざした瞼の、長いまつ毛を掠めるようにしてヒューズは黒いミニボトルを軽く振って見せた。
皮膚の薄さが心許ない白い顔に、大きな掌に包み込まれた小瓶と同じ色の影が落ちる。

「おーい、狸寝入りするなよ、ローイ?」

頑なに返事を寄こさないロイの、まだ幼い丸みを残す頬。
そこにヒューズは固いミニボトルの壜底をグリグリと押し付けた。

「やめろよ、鬱陶しいヤツだな!」

柔らかな頬にほの赤く痕がつくほど強く当てられた冷たいガラスの感触に、たまらずロイは上体を起こして覆い被さっているヒューズの肩を押しのけた。

「話しかけられて返事しねー方が悪いんだろうが」

邪険に押しやられても動じることのないヒューズは、腰掛けたベッドから立ち上がることもせずに、手にしたボトルのキャップを開ける。
途端に小さな部屋中に広がる少しスパイシーな香りは、退役軍人のヒューズの祖父が隠居している北部丘陵地帯名産のモルトウィスキーのものだ。

「まぁ、そうカリカリせずに飲めよ。うめぇぜ?」

男らしく突起が目立つ喉元を見せ付けるようにのけぞらせ、ヒューズは傾けた黒いボトルからウィスキーを一口含む。
アルコールに濡れた唇を微かに覗かせた舌先で舐める男と、その姿を睨みつける熱心さで見つめていたロイの視線が絡む。

「んな難しい顔してねーで、おめぇも飲めよ」

重ねた短い言葉をつむいだあとに、もう一口。
飲み下すことなく甘く芳醇な酒を含んだままの唇が、ベッドの上で片肘だけで上体をささえている中途半端な体勢のロイにゆっくりと近づいてきた。


(2004.05.28続く)

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