THE NIGHT PORTER (7)


現れ出た肌の色が穢れのないものだけに、そこに刻み込まれた戦場の記憶と思しき跡がいっそう無残だった。
けれどそれは、思わず目を背けてしまいたくなるようなものではなかった。
控えめに色を変えた場所は、むき出しにされた青年の柔らかな組織を守るために、必死で皮膚を再構築した標なのだ。
その健気な姿に、手を伸ばして撫でてやりたいと思いこそすれ、醜いと誹る気持ちなどおこりはしない。

「見事なものだ」
全てのボタンが外され、外気に曝された青年の胸と腹。
それを見下ろしながら、ブラッドレイは満足げに呟いた。
女の身体とは異なるなだらかな身体は、その単純さと飾り気のなさゆえに、そこに乗った薄い筋肉の美しさが一層協調されている。
「この肉体だけでも一見の価値はあるが、それだけで興が添えられるものではないな」
強い視線に舐められても、それを受け止める青年の表情は変わらない。
だが外気に曝されても粟立つことをしなかったその肌は、一気に張り詰めた場の雰囲気に耐え切れず、次第に細かく波立っていく。
それが恐怖のためなのか、それともこれからブラッドレイの手によって、彼が突き落とされる奈落への期待からなのか、
かたわらで彼らを見守ることしか出来ないポーターには伺い知ることは出来ない。
けれどそのもどかしさが、いつの間にかポーター自身がブラッドレイに焦らされているような、青年との奇妙な一体感を生み出していく。

「公私共に君は私によく仕えてくれている。マスタング中佐、そのことに関しては君に感謝しているのだよ」
慈しみ―――その感情を溢れんばかりに声の中に滲ませながら、ブラッドレイは跪ずく青年に覆い被さるようにして屈みこんだ。

「マスタング中佐、だが…」
ゴクリと喉を鳴らしたポーターに見せつけるのが目的なのか、ブラッドレイの左手が、思わせぶりに青年のシャツの前たての一方を揺らした。
「見た目は完璧でも、君のこの身体の内側が、私に忠誠を捧げているとは、どうしても思えないのだよ」
弄ばれた柔らかな布地の影から、くっきりと彫りこまれたような鎖骨が覗く。
そこに誘い込まれて這わされる、ブラッドレイの節くれだった人差し指は、処女地に迷い込んだ蛇の強引さで、浮き上がった骨をなぞって行く。
堪らずそらされる首筋の白さが、思い掛けないほどいとけなく、まだそれほど酷いことをされている訳でもないというのに、
ブラッドレイを拒むことが出来ない青年に対する哀れみを誘う。

「今夜は幸いなことに、この部屋に証人が居る。彼の目の前で君の内側に飼っているものを解き放ってみないかね?」
「そのようなものは私の中に存在しません、閣下」
澱みの無い答えは、権力者の眼力を真っ向に否定していたが、その事に対してブラッドレイは執拗な追及をしなかった。
「そうかね」
言葉では、表情では。
もの分りの良い年長者の大らかさで、自分の庇護下にある青年の不忠の疑惑を解いたかに見せたブラッドレイだったが、
青年の身体を我がもの顔で這い回る指の拘束は強まるばかりだった。


「閣下…」
どこを触れられたせいだろうか。
捻った身体から、控えめだが熱のこもった声が上がる。
離れた場所から見ていても判る、潤んだ黒い瞳が乞うようにブラッドレイを見上げる様子に、ポーターは内心で舌打ちした。

生身を昂ぶらされて辛いのだろう。
その上、その余裕の無い姿を部外者に眺め下ろされる羞恥は、地位ある者にとっては耐え切れないものなのだろう。
てっとり早くこの場を切り上げるために、彼が一瞬の痴態を見せたからといって、それを責めるのは酷だと思う。
けれど、あの全てをねめつける視線の強さがあるからこそ、より以上に価値が上がる絵であることも否めないのだ。

「辛いかね?」
いっそう深くなる微笑と、乱れることの無い問い。
ブラッドレイは、青年佐官のつたない誘いを難なく振り切り、その主導権を渡そうとはしなかった。

「過酷な戦場を生き延びてきたしぶとさがあるというのに、不思議なことだな。快楽とは君にとって苦しいものなのかな?」
清潔さだけを印象付けるシミひとつ見つけられない端正な顔と、いつもは軍服で隠されている、痛みという記憶を持つ身体。
それを同時に見せ付けられて、どちらが美しいのか、醜いのか、それすらも曖昧になっているポーターと同じように、
その当事者である青年佐官も、ブラッドレイに愛撫される嫌悪と、それと相反する快さに引き裂かれていた。

「本当に不思議なことだ。喘ぐ君の息遣いは心地よさげなのに、表情はいつも苦渋に満ちている。
いつまでたっても私に懐くことをしない君を、愛しているのか、憎んでいるのか…自分でも判らなくなることがあるのだよ」
そして自らも、どうしようもない二律背反に蝕まれているのだと告白した男は、青年の肌の感触を愉しんでいた左手を潔く下ろし、
その代わりに右手に握りこんだワインオープナーを、まだブラッドレイの熱の名残が点る白い胸元に押し当てた。
「私は君に気に入られたいのだよ」
飾り気の無い愛を請う呟きは、単純なだけに相手の心に早く届くもの。
だがそれを囁いた男は、その真摯な言葉に似合わない残酷を、その腕の中に囲いこんだ青年の肌の上で行った。


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