Hounds of love (1)


「ハボック少尉、どうして君がここに居るのかね?」

何時ものごとく不機嫌な声で尋ねられて、ハボックはお手上げとばかりに右手を顔に添わせるようにして、その声の主に掲げて見せた。
真っ先に人目を惹くのは、ぐるぐる巻きにされた分厚い包帯が白々と絡まる人差し指。

「どうしたんだ…その有り様は」

それを目にした途端、一瞬息を呑んだことを隠すようにして重ねられた問いかけに。

「はぁ、お粗末ながらツルハシが岩盤にあたりまして…その衝撃で右手人差し指を負傷した次第であります」

そんな不注意が元の小さな怪我を、誰よりも知られたくなかった人に曝して見せる情けなさ。
まったく持ってついてない一日になりそうだと、ハボックは心の中で盛大な溜め息をつく。


ジャン・ハボック少尉率いる小隊に現在下されている命令は、行方不明の指名手配犯『傷の男』の探索だった。
明けても暮れてもひたすら続く発掘作業、なのに上がらない成果に憤懣やるかたなく、真っ先にダレてしまったのが自分だったのだから、
文句を言う対象さえ見つけることも出来ない。
なのに部下たちは口々に、自分のことを働き過ぎだなんだと持ち上げて、こんな小さな傷さえ見逃すことなく、帰れ、休めと言い募っては甘やかす。

「で…傷の具合はどうなんだ?」

ハボックの纏う空気がどんよりとしたものに変化したのを察知したのか、ロイ・マスタングの追求も、いつもの抉るようなものではなくなくなっていた。

「別に大した怪我じゃないっすよ。回りの者が大騒ぎしちまったもんだから、現場に居づらくなっちまっただけで」

どんなに身を粉にして働こうとも、それが成果に繋がらなければなんの意味があるというのだろう。
捜し求める標的が、自分が一番護りたいと願っている眩い命を脅かす人物なのだから、尚更その気持ちが高まっていく。

「やっぱ俺、現場に戻ります。なんか落ち着かないし…」
「あら、駄目よハボック少尉」

半ば腰を浮かしかけたハボックの行く手を阻んだのは、そばを通りかかったホークアイ中尉だった。

「少尉の今回の名誉の負傷に対して、下士官・上等兵の間から、嘆願書作成の動きがあるそうよ」
「…なんすか、ソレ?」
「ハボック少尉に安らぎと憩いの時間を」

語尾と一緒に投げかけられたホークアイの視線に、今度はマスタング大佐の眉根がきゅっと寄せられる。

「それではまるで私が、ハボック少尉に対して無理なことばかり命令しているようではないか」
「そうは申しませんが、一部でそのように受け止めている者が居るということを、この際はっきりと把握しておくべきではないかと思いますよ?」

崩れぬ笑顔で綴るとどめの台詞を残して、ホークアイは司令室から去って行く。

「いい部下に恵まれているようだな、少尉」

優秀な副官から釘を刺されたからには、上司権限の温情をハボックにかけぬ訳にはいかないだろう。

「ハボック、今からお前は家に戻って傷の治療に専念しろ」
「ええっ、そんなのいいっすよ!溜まってたデスクワークもありますし」
「たまには部下の声に耳を傾けてやるべきだと私は思うぞ?」

その言葉をそっくりそのままアンタに返しますよと、咄嗟に口走りそうになったハボックだったが、軍の縦社会の壁はそう簡単には壊せはしないもの。

「はい。では大佐のお言葉に従わせていただきます…」
「よし、ハボック少尉。それでは真っ直ぐ家に帰りたまえ」

白々しい遣り取りの中に、互いの本音をひた隠す。
―――――傍に在りたい、居て欲しい、そんな単純な欲望を。
だが、例えそれを言える素直さがふたりにあったとしても、ここはそんな甘さを赦すことのない場所なのだ。

「大佐のお心遣いに感謝いたします!」

敬礼と共に、いまハボックがロイ・マスタングに差し出せるものは、忠誠と服従のみだった。



(2004.03.14 続く)



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