椿  姫(3)


幼い雛妓の後を追うようにしてふたりが階段を上りきると、そこから続く薄暗く長い廊下に、ボンヤリと浮かび上がる金色のドアノブのついた
数枚の扉がが視界の中に飛び込んできた。

「全部使用中とかいうんじゃねーだろうな」
「少なくとも軍関係者は居ないはずだ。それはそれでスリルには欠けるが‥な」
「首根っこにナイフをあてられている気分だぜ」
「それでもおまえは私について来た。今更だろう?」

口を噤まざるを得なくなったヒューズに性質の悪い笑みを向けた後に、ロイは静まり返る扉の中からひとつを選び出してその前に立った。
ノックすることなく鈍く光る金のノブを回すロイの大胆さに、ヒューズはレンズ越しの目を大きく見開いた。

「驚くことはない、ヒューズ。この部屋の扉だけ他の扉とは造りが違うんだ。多分上客用の特別室だ」

そう言われてしげしげと見つめてみると、確かに一枚物のむく材の扉には、手彫りと推察されるロココ調の細やかな彫刻が
華やかに散りばめられている。

「まぁ、どこかの金持ちと美人がベッドの中で私達を出迎えてくれるかも知れんが、それも一興だ」

ゆっくりと押し開いた扉の中は、ロイの予想に違わずひっそりと静まり返りっていた。
広い部屋に置かれているのは、飴色のチェストと揃いのライティングデスクとチェアー。
それらを押しのけるように部屋の中央に設えられているのは、天蓋付きの大きなベッドだった。
ここが何を目的に用意された部屋なのかを、あからさまに見せ付けるような存在感の寝具の上は今は整えられて、
熱の名残りを鎮めた冷たい絹の輝きに包まれている。

「この上でやるのかよ?」
「クリーニング代がどれほど掛かると思う?軍御用達のホテルの部屋代の倍以上は確実に取られるぞ」
「階級章ばかりが立派な我々には身に余るな」
「私にかける金など無いような物言いだな。まぁいい‥今日はこっちから誘ったんだから」

内側から鍵をかけるとすぐに、ロイは物珍しげに部屋を見回していたヒューズの腕を引いた。



重い天蓋を支える支柱の一本に縋りつきながら、ロイは浅い息を忙しなくついていた。
時折その息遣いに交じる甘い声は、厚い壁に遮られた部屋の中に横たわるしじまに飲み込まれて行く。

「う‥んっ‥」

前に回された一対の手に翻弄されるロイの白く撓る背中を、ヒューズは自分の厚い胸に包み込むように受け止めた。

「くっ‥ふ、ヒュ‥ズ」

震え続ける滑らかな胸の上で小さく咎り、後ろ抱きにする男にその存在を知らせる場所を強く指先で擦り合わされる衝撃と。
それと同時に、下肢で熱を持ち、先走る体液を滲ませる芯を弾けさせることなく、追いつめるだけの緩やかさで上下に扱かれる口惜しさに、
堪え切れなくなったロイはその目に涙を滲ませた。

「ロイ‥どうして急に俺に抱かれたがったんだ、ん?」

啜り泣きを噛み殺すロイの耳殻に唇を寄せ、ヒューズは甘やかす口調で問い掛けた。
急激に押し寄せてくる激情の波。
それをうまく欲情にすり替える術をロイに覚えさせたのは、間違いなくヒューズ自身だったのだ。

「おまえが悪いわけじゃねぇんだ‥判るだろ?」

今日を限りに閉鎖されるであろう、娼館で。
金で買われて、事実上閉じ込められた身柄であったとしても、あの少女は大切な逸品として扱われ、無理な開花を強いられることなく過ごしてきたのだ。
彼女さえ望めば、有望な後ろ盾に恵まれて豪奢な日々を過ごす未来があったのかもしれない。
―――それが砂上の栄華だとしても。

「あ‥はっ‥もっと」

囁く声で耳に落とされた問いに応えることなく、ロイはより強い刺激をくれとヒューズに強請った。
柔らかな褥もなく、抱き合うことすら拒否するようにして。
背後から揺らされる体位を望んだロイの、汗が浮いて光る背中からなだらかに続く腰が我が侭な動きで跳ねて、ヒューズの欲望を挑発する。

「ちょっと待て‥すぐには無理だ」

痛みを覚えるほどに育った自分の雄を宥めるように、蠢く双丘の間に軽く擦り付けながら、
ヒューズは充血したロイの胸の花弁から離した手を伸ばして、しっとりと濡れた黒髪を軽く撫でつけた。

「ちが‥う。違うんだ…ヒューズ」

欲しいものを与えられなかったもどかしさにかぶりを振り、優しい愛撫の手から逃れようとするロイをヒューズは強く抱き締めた。
快楽に喘がされた後にむずがった身体は、仄かな赤味をさしている。
その鮮やかな色に誘われるように、ヒューズはロイの肩先に素早く唇を落とした。
「判ってる。けどな、俺だってお前にしてやりてぇことがあるんだよ」

そう言った後に、今度は少し延びた黒い髪が張り付いた襟足にヒューズは再び唇を寄せた。



「ん‥うあ‥っ!」

苦しげに張り詰めたものを今度こそ強く擦り上げて。
そうして吐き出させたばかりの熱い白濁を乗せた指を、ヒューズは自分の雄を迎えてくれる狭い場所に忍ばせた。
濡れることをしない場所はあたり前のようにきつく指を締め付け、その侵入を拒もうとする。

「ほら、指一本だけでもきついだろ?時間がねぇから完全に慣らすのは無理だけど‥」

―――おまえ結構甘ちゃんだから、痛がらせたら可哀相になっちまうんだよ。

そんな言葉とは裏腹に、増やされていく指が中で蠢く違和感を、息を呑んでロイはやり過ごそうとした。
細い支柱を掴み締め続ける指先はもう既に白くなり、感覚さえ麻痺しだしている。

「も…これ以上‥うああっ」

待つのが辛いのだと伝えようと、初めて背後のヒューズを振り返ったロイが、さっきまでの痛みとは比べ物にならない衝撃に小さな叫びをあげた。
待ち望んだものは、あまりにも生々しい熱さでロイの内部を焼き尽くそうとする。
無理やりに割り広げられた場所から、走り抜ける速さで背筋を伝い上る痛みに生理的な涙が頬を滑り落ちていく。

「まだキツイ、か?」

背後からかけられた掠れた男の声を聞き取ろうとする理性が、激痛に引き裂かれる。

「ああ‥い‥た‥」

けれど、短い言葉を一度交わしただけの少女の、うたかたと消えた未来を憂うことしか出来ないロイの浅はかさを打ち砕く痛覚を、
浅ましく溺れる行為に慣れた身体は徐々に別の感覚に摩り替えて受け止め始める。

「んっ‥ふぅ‥」

次にはゆっくりと。
じわりと尾骨から滲み出る甘い痺れに、火照った肌が総毛立つ。
自分を見放して行こうとする痛みの代償行為のようにきつく唇を噛み締めても、堪えることの出来ない震える嬌声が喉奥から零れ出てしまう。

「そろそろ動くぜ?」

俄かに上がった体温を直に手にした男に、その変化が伝わらないはずはない。
耐え切れないというのなら、張り付いてくる粘膜の壁にきつく絞られながら、ロイを気遣って動くことの出来なかったヒューズも同様だった。
ゆるりと動きはじめると、受け入れる為に開いたロイの内腿に不自然な力が入る。
固く張った筋を下方から諌めるように撫で上げた手は、そのまま再び実りはじめたものを握り込む。

「ひっ‥あ‥ああっ」

篭もった熱がヒューズの掌に飛び散り、その衝撃に耐えられない膝がかくりと折れた。
それでも崩れ落ちることを許さない強い手が、素直に落ちていこうとする腰骨を掴み上げ、
まだロイの内部で脈打ち続ける欲望の強さに添わせようとする。
それに抵抗するかのように、女のものとは確実に違う、けれど抱く度にに柔らかく変化していく場所が痙攣する強さでヒューズの雄を噛み締めてくる。

「くっ‥!」
「っあ‥」

遂行する寸前で取り出された劣情が白い背中の上で弾け散る。
その一瞬に息を詰めたヒューズの喉が鳴る。それに重なるあえかなロイの溜め息が、この部屋で最後に交わされた情愛の声だった。



「あーあ‥。憲兵たちが下でうろちょろしてる場所でイッちまうなんてよ」

照れくさそうに固い自分の髪を掻き回しながら、咥え煙草のヒューズが事後の感想を溜め息交じりに漏らす。
重く吐き出されるそれは、職場放棄の悔恨からなのか、乗せられたてしまった悔しさからなのか、漏らした本人すら判らないけれど。

「おまえだって楽しんだくせに、その重苦しい溜め息はなんだ?」

床に落ちた軍服を皺になる前に広い上げ、後ろめたさなど読み取ることの出来ない涼しげな表情で身につけていくロイを見て
ヒューズはこっそりと安堵に唇を歪ませた。
清楚に揺れるピンクのドレスを翻し、階段の向こうに去っていった少女の行く末よりも。
抱いた事もない、この館に囲われた見ず知らずの美女たちの末路よりも。
この腕の中で涙を流した男の未来の方が、自分にとっては大切なのだと言いきってしまえる自分は非情なのかもしれない。

「すっきりした顔しやがって。階段降りるときに足元ふらついたって、俺は助けてやんねぇからな」

それでも。
彼の進む方へ従うと決めた自分は、もう迷ことをしないのだと言いきれる潔さだけをここに残していけばいいのだと、
そう自らに言い聞かせてヒューズは携帯用の吸い殻入れに苦味を増した煙草を捻り潰して突っ込んだ。


(2004.04.05 終了)

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