Knockin' on heaven's door−3 (3)
(ヒューズ39歳、ロイ39歳のパラレル連作です)


「お…おまえ、何やってんだ……ぶっ、はははは!」
「笑うな、やかましい!」

ロイの両肩に押し当てられた手から一瞬にして力が抜け、机越しに乗り出したヒューズの身体が小刻みに揺れた。
それに続くのは息苦しいばかりの哄笑。
判ってはいたが、さすがにこれは腹立たしい。

「そんなに笑うな、馬鹿者!歳相応のことをして何が悪いというのだ」
「うはははは、歳相応っておまえ…幾つになっても…似合わねーもんは似合わねーんだよ、あー、腹いてぇ」

本格的に腹を抱えて笑いの体勢に入ったヒューズに切れて、ロイは大きな音を立てて椅子を蹴り、勢いを付けてその場に立ち上がった。

「これでも四日間かかったんだ、それなのによくも…」
「四日?四日って、もしかしてこの前俺が、脱走兵たちの裁判記録を持ってきた日からか?」

確かにあの日は、ロイの身にはなんら異変は無く、気にかかる素振りも窺うことは出来なかったが。

「四日かけてそれって……有り得ねぇぜ、そりゃあ!」

一旦止まりかけた笑いの渦が再びさかまき出す。
笑いすぎて涙の膜がかかったヒューズの目に、ユラユラと揺れて原型が崩れかけたロイの白い頬が映し出される。
以前と比べると幾分頬は削げ、それに反して顎のラインは柔らかなものになってはいたが、水分を程よく含んだ潤いのある滑らかな肌は今でも健在で、
大総統に熱を上げている女たちの間では、大総統は極秘裏のうちに不老不死の妙薬を完成させ、自らの身でその効力を試しているのだという
浮世離れした噂が流れているとも聞く。

「おまえさんの変わらない色男ぶりにやられている女たちが泣き喚くぜ?」

以前にも何度か、桁はずれに若く見られる容貌を気にして試みたことがあったが、幾つ歳を重ねたところで、
持って生まれた優男の風貌はそうそう変わることは無い。
おまけに、数日間放っておいても、平均値に全く追いつかない体毛の薄さが加われば、今回のロイの試みも過去と同じで焼け石に水と言うしかなく――。

「毛抜きで一本ずつ抜いても、抜き終わるまでにそう時間はかからないと思うぞ、その髭。いい機会だから俺が試してやろうか?」

つむじを曲げてしまった親友が、こちらを睨みつけているのを敢えて無視して、ヒューズは優しく話しかける。
何度同じような手管に乗せられても、全く厭きない。
不思議な懐かしさと切なさに目を細めながら、錬金術で時を止めたと噂される童顔の親友に向けて、ヒューズは何度目かの手を伸ばした。


「温かいな、おまえの頬」
「怒ったから余計にな」

ゆっくりと滑らせた指に時折ひっかかる、柔らかな針のような感触さえ愛しい。
けれどその愛しさが全てだった日々は遠く過ぎ去り、いつの間にか自分にとって大切なものが増えていった。

今、自分の中に占める一番の位置に、きっとロイは居ない。
そしてそのことを、ロイ自身も気付いているはずだ。
なのに自分は卑怯にもこの手を放せない。

「どうしてまたこんな気紛れを起した?」

頬を撫でていた手をゆっくりと下ろし、疎らに生えた数本の短い髭が儚く存在を主張している下顎に指を滑らす。
きつく睨みつけてくるたびに、底光りする瞳の黒が堪らなかった。
そして視線で抵抗しながら、そのくせ伸ばされた自分の手から逃れようとしない、彼の哀しいまでの素直さも―――。



「答える前に、先におまえに訊いてもいいか?」
「ん、なんだ?」

何度も何度も、下顎の部分を行ったり来たりする指の感触がくすぐったかったのか、ロイは首を傾けて首と顎の間にヒューズの指を緩やかに拘束し、
その後に自らの指をヒューズのそれに絡めた。

「なんでも答えてやるぜ」

自分から進んで彼の張った罠の中に飛び込んだのだ。
捕まって、拘束されて、尋問されて――――それを不当な行為だと言える立場に自分は居ない。

「なんなりと質問を、閣下」

掴まれた指にほんの僅かな痛みが走る。
無意識に籠められた力に、自分に対するロイの執着を見たような気がして、自然に笑みが浮かぶ。

「大総統自らが行う尋問だ。もう少し緊張してもいいのではないかね、マース・ヒューズ軍事法務長官」

茶化した口調はきっと恥ずかしさから来るものだろう。
そう言った後に、目線を下にずらして唇だけで笑うロイの表情に、二十年前の面影が重なる。
あの頃はキスをしようとすると、照れてなかなか視線を合わせようとしなかった。
自分だけのものだったロイが、今この国の天辺にいる不思議に、ヒューズは声もなく笑う。
「以後気をつけます、大総統閣下」

言葉だけの謝罪で済ませてはいけないような気がして、ロイに掴まれた指をその状態のまま引き寄せて、ヒューズは唇を押し当てようとした。

けれど寸前で、誓いを受けることを拒むように振りほどかれて。

「ロイ?」

驚きの中で見張ったヒューズの目の前を、ロイの白い手が横切った。

「安心しろ、私はもうおまえの一番でなくてもいい」

目の前の男の心の中を読んだかのようにそう囁いたあとに、先ほどのお返しとばかりに、繊細な指先で頬をまさぐられる。
自分の頬に残るヒューズの指の軌跡を辿るように、頬を上下に撫でてからその後にゆっくりと強い顎のラインに指を沿わせ、整えた髭の感触を愉しむ為
に何度も何度もその短い茂みの中にロイは白い指先を埋もれさせた。

「見事に生え揃っているな。私とは全然違う」
「くすぐってぇ…」
「減るわけはないんだから」

ジャリジャリと茂みをかき回されて、時には引っ張られて。

「私の気が済むまで我慢しろ」

かすかな痛みに眉をしかめても、くすぐったさに肩をすくめても、気にする素振りも見せずに、ロイは無心にヒューズが持つ硬い雄の毛並みをまさぐり続
ける。

「いい感触だ、ヒューズ」

いつでも願うままに、その茂みに手を伸ばせなくなったその時も、それが自然の摂理であり、当たり前のことだったから、嘆き悲しむことなどしなかった。

そして自分がヒューズの一番に再びなることは、これから先もないだろう。
あの頃の記憶が疼いても、無心に二人で夢を貪った頃を夢に見ても――――それでも。

「何度触っても飽きない……何故だ?」

うっとりと、呟く。



(2005.09.10 コピー本へ続く)


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