Task (ヒューロイ)
汗の浮く額に張り付いた艶髪を掻きあげた唇が、輪郭をたどっていくように、目尻から肉付きの薄い耳たぶ頬を掠めて、
最後にとがった顎にたどり着く。
「やめろよ、くすぐったい」
ベッドの中でまぐわって、飢えが満たされれば短い睡眠を貪って、少しばかり体力が回復すれば、また飽きることなくまぐわって。
丸一日以上を、そうやって過ごしたのだ。もう、はっきり言って、満たされすぎた。
今は、触られるだけでも鬱陶しい。
「いいじゃねーか、少しぐらい好きにさせろよ」
「もう良いだけ好きにさせてやったじゃないか、おまえこそいい加減にしろ」
力が上手く入らない腕を、それでも健気に振り上げて、ロイは身体の上に圧し掛かっている男の面長の顔をおしやった。
なのに、この男はケダモノだ。むやみやたらに元気すぎる。
飽きずに肌を吸い上げている唇だけでなく、鼻面までをも押し当てて肌の匂いを確かめている。
「もうやらないぞ。おまえはセントラルに帰る汽車の中でゆっくりできるかも知れないが、私には激務が待っているんだ。
これ以上やったら足腰が立たなくなる」
「おう、ごちそーさんでした。俺もこれ以上は勃たねーよ」
そんな言葉とはうらはらに、またもやヒューズの唇がロイの顎先に落ちてきた。
「ザラついてるな。さすがに二日目ともなると、おまえさんでも髭の洗礼からは逃れられねぇんだな」
「当たり前だ。おまえみたいに、むさくるしくはならんがな」
ヒューズが東方司令部に出向いてきたのは、二日前のこと。
彼が有能だからなのか、それとも元からして難しい任務ではなかったのか、小一時間ほどでやるべき仕事をすべて終えたあとは、
親友の退勤時間までの暇つぶしとばかりに、東方司令部の顔見知りの面々を冷やかし歩く、小さな嵐のような賑やかさは相変わらずのものだった。
退勤時間キッカリに仕事を仕上げた親友を、引きずるようにして連れ出したあとのことは、誰も知らない。
図ったように、その日の翌日は、ヒューズもロイも非番だったのだ。
それをいいことに、ふたりしてロイの官舎に潜り込んだまま、二度目の朝を迎えたのだ。
「あー、充実した休日だったな。これで心置きなくセントラルに帰れるぞ」
「それは良かったな・・・私は職務中より疲れたよ。服を着るのも億劫だ・・・誰かさんのお陰でな」
「それって、俺のせい?」
意外なことを言われたとばかりに、今は眼鏡を外している細い目を見開いてから、ヒューズはベッドの上で身動きするたびに
顔をしかめているロイの腕を引いて、起き上がるのを手伝ってやった。
「それなら、最後までおまえの面倒を見てやらなくちゃな」
広い洗面所の鏡の前に、ヒューズは担いできた椅子を置き、そこにYシャツ一枚羽織っただけのロイを座らせる。
「何をするんだ?」
それには素直に従ったものの、ロイの表情は警戒心をバリバリにむき出したままだ。
「いいから、おまえは動くなよ?」
そう言いながらヒューズは、大理石で出来た洗面台の隅に置かれている、トレーの上にセットされていた使い捨ての洗面用具の中から、
一枚刃の髭剃りを取り上げた。
「髭の薄い奴は、こんな華奢な一枚刃の髭剃りで用が足りるんだからいいよな」
薄紙を剥がれた両刃の剃刀は、ヒューズの手の中で鋭利な白い光を放っている。
「おい、シェービングフォームがねぇぞ」
目的のものを求めて、洗面台の下を探る間も、ヒューズはその薄い剃刀を手放そうとはしない。
「危ないぞ、ヒューズ。モノを探す間ぐらい剃刀は置いておけよ。シェービングフォームなら新しいのが左の籠の中にある」
「刃物を置いたまんまで、おまえに背を向ける方があぶねーんだよ・・・おお、あった、あった」
白い小瓶を手に取ると、すぐにその壜の蓋をくるりと開けて洗面台に放り投げ、ヒューズはロイの後ろに回りこんだ。
いつの間にか先に手にしていた剃刀は、さっきまでロイの肌に悪戯を仕掛けていた、薄い唇にくわえられていた。
「おまえが髭をあたってくれるのか?」
口が塞がっているために、自慢の舌を動かすことができないヒューズは、鏡の中に映るロイに向かってうなずいた。
濡らした手で泡立てたシェービングフォームを、長く続いた情事のせいで少しやつれたロイの頬と顎にフワリと乗せて、
ヒューズは塗りこむように丹念に広げていく。
柔らかな頬の感触を楽しんだあとに漸く気が済んだのか、濡れた手を掛けてあったハンドタオルでぬぐってから、
再びヒューズはくわえていた剃刀を手に取った。
「ツルツルのピッカピカにしてやるぜ・・・って言っても、あっという間にすんじまうな、これじゃ」
「悪かったな」
羽が触れるような軽い感触だけを残して、ヒューズが当てた刃が、ロイの耳たぶの下から、顎にかけての丸みを滑っていく。
冷たい刃の感触は、目覚めたてすぐに感じたヒューズの唇の感触とは少し異なるけれど、記憶を呼び覚ますには充分な軌跡を辿っている。
ゾクリと、背筋が震える。
「あぶねぇな。動くなって言ったろ?」
手がすべれば、ザックリと自慢の顔を傷つけちまうぜ?
そんな意味を込めた、怖い笑みを浮かべて、ヒューズは再びロイの髭をあたりだした。
この手にすべてを握りこまれている。
傷つけられる痛みも、優しく毛並みを撫でられる心地よさも、すべてがヒューズの手によってもたらされるのだ。
恐れと至福が、いつも紙一重であるように。
「この剃刀で、俺がおまえの喉をザックリ切り裂くかもしれねぇ、とか、思ったりはしないのか?」
からかう口調で、物騒なことを尋ねる男に向けて。
「思わないさ。おまえにとっても私の喉は大事だろう?昨日もさんざん飲んでやったんだから」
ロイはニッコリと微笑んだ。
「おい、そう来るかよ・・・」
朝の光の中で傅かれる心地よさは、傅く男と同じように、特別だ。
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