夜明けのスキャット(332 まどろみ)


このところ、夢を見ない日が続いている。
もともと熟睡タイプだったし、たまに現れる原色の断片は、どれもこれも碌でもないものばかりだったから、気にするほどのことでもないのかもしれない。
そして何より、どうしようもないほど疲れている。
夢を見る暇もないほど眠りを貪るのは、目覚めている間、一心不乱に探し物をしているせいだ。
それも思いっきり横道に逸れた場所で、今まで目にしたことの無い黒く蠢く者たちを捕獲しようとしているのだ。
手がかりはただひとつ、あの夜残された短い言葉のみ。
それも結局は自分の耳で聞き取ることも出来ずに、事後の聞き取り調査で又聞きで知らされたものだ。

「勝手なヤツだとは判ってはいたが、こんな風に裏切られることになるとは思ってはいなかったぞ」

勝手にヤバイ場所に首を突っ込んで、勝手にゼロ地点を踏みしめて、勝手に遠くに行ってしまった。
まだ約束は果たされず、その上やっかいな謎だけを残してトンズラしてしまうなんて、これ以上の裏切りがあるだろうか。

「おまえの夢だけは絶対に見ないからな」

白々と明けていく東の空を睨みつけながら、残された男は呟く。

「勝手に出てくるなよ」


長らく夢は見ていない。
それなのに、セントラルに来てからというもの、同じ時間に目が覚めてしまうのは。

「おまえの顔なんて見たくない。調子っぱずれの鼻歌だけで充分だ」

士官学校であの男と同室になって一番慣れるのに苦労したのが、何かあるごとに口演奏される、即興で作られた短い歌の数々だった。
引出しの中からノートを取り出すとき、隠れて吸う煙草の残骸をビニール袋に流し込むとき、
そしてベッドに寝そべって届いた手紙を読んでいるときでさえ、そのはた迷惑なクセは、結局死ぬまで治ることはなかった。
百面相のような豊かな表情を思い出すよりも早く、そのデタラメな音階が蘇るなんて、自分はどこまであの男に毒されていたのだろうか。
悔しいけれど、きっといつまでも忘れることは出来ない。

「もうその下手くそな歌には文句は言わない。だからあと一時間寝かしてくれ」

寝穢く潜り込んだ羽毛の中で、微かな笑い声が確かに聞こえた。


(WEB拍手お礼SS)


←お題



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送