THE NIGHT PORTER (12)


(エピローグ)

私は。
私以外の者に成り代りたいと思ったことは一度もなかった。

あいつを掴まえ損ねた、その決定的な時にさえ、私は自分の思うようにこれからもあいつを愛して行こうとそう心に決めて、
現に今までその志を貫き通していたと、そう思っていた。

そう、私は一度だってグレイシアに取って代わりたいなどと考えたことは無かった。

そこまで自己を否定する気持ちもないし、何よりそのような惨めな思いを抱き続けて生きていく勇気など、端から持ち合わせてはいなかったのだ。

「ヒュ……」
それなのに、欲望のままに下腹に熱が篭る。
唇から零れ落ちる音も理性的な否定の声ではなく、ただ求める者の名を狂ったように叫びたい、そんなあからさまな欲望に囚われて――――

「あ…」
何度も、何度も、その名を追い払おうと頭を振り続けて、でもそんな子供だましの仕草では、この執着を棄てられずに。
「ひ――――ヒュ…ヒ――――」
自分に最後に残された矜持さえ、目の前の男によって毟り取られる。
そんな絶望と解放に流されて、私は自分の頭の中を満たしていたその名を。











その青年士官の身体の上で燃え上がった、青白い錬成陣の美しさと言ったら…。
とてもじゃないが、それを目にした時の感動をあんたに伝えることは出来ないな。

え…?ああ、その後彼がどうなったかって?
そうだな、あのまま放っておけばそのまま愛しい想い人の名前を喚き散らしていたんだろうな。

ああ、そうだよ。
結局、彼はその禁忌とやらを犯すことは無かったのさ。
追い詰めるだけ青年士官を追い詰めておいて、最後の最後に彼を救ったのはブラッドレイ大総統、その人だった。


大きく息を吸い込んだ後に、理性をかなぐり捨てて自らを腹に乗せた蛇に食わそうとした青年の腕を取り、
大総統は叫び出す寸前の乾いた彼の唇に、自分の唇を重ねた。
青年の哀しい絶叫を、自分の身体の中に取り込もうとするかのように、深く長い口づけだった。

俺は耳を塞いだ手をどけることも忘れて、結局ただ震えることしか出来ずに、彼らの傍でその歪んだラブシーンを呆けながら見つめ続けていた。

崩れ落ちて、くたりと力の抜けた青年の身体を抱く大総統の腕は、俺が覚えている限りでは、解かれることはなかった。


彼らがホテル・サヴォイアを利用したのはその日が最後だった。
そして仕事を放棄したまま、一晩中仲間の元へ帰ることのなかった俺は、翌朝こぼれたワインの匂いを身体に染み付かせて、
非常階段に座り込んでいるところを発見された。

自分がどうやってあの部屋を抜け出し、そこまでたどり着いたのか、俺はおぼえては居なかった。


一体、大総統はその青年に何を求めていたのだろう。

どれほど俺がそれを考えたところで、きっとその答えは出ないってことは判っている。
それなのに、俺は今でもあの部屋で彼らに囚われ続けたままだ。


そしていつか、彼らがその答えを与えてくれるその日を、俺はあてもなく待ち続けている。


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*この作品のタイトルはリリアナ・カバーニ監督の「愛の嵐」の原題からいただきました。



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