ラブ・レター
その手紙を貰ってからもう何年が過ぎただろう。
机の引き出しにしまい込まれていたそれは、陽光に黄ばみもせずに、送られて来た当時の清らかな白さを失うことなく、今まで眠り続けていた。
「こんな物がまだあったとはな」
探し物の途中で偶然見つけた手紙をその手に取って、ロイは薄く微笑んだ。
とうの昔に見失っていた手紙は、そんな儚い存在にふさわしく今の今までロイの記憶の奥底に埋もれていた。
それを屑篭に捨てることなく、日ごろ使用することのない部屋に置かれた机の引き出しに置き去りにしていたのは決して感傷からではない。
金色の封蝋が落とされた白い封筒の中身が、その差出人であった友人と自分との距離をほんの少し遠ざけはしたけれど、
だからと言ってそれを破り捨ててしまうほど、自分は素直ではなかった。
だが今となっては、そんなことはどうでもいい。
用があれば手紙などより手っ取り早く電話、もしくは直接会いに来た男が、自分に送って寄越した唯一の手紙だという、それだけのことなのだ。
「おまえは昔から字が下手クソだったな」
封筒の裏に添えられた、筆圧の高い癖のある文字。
だからそれに寄り添うように書かれた、流麗で繊細な文字の上手さが際立って見えるのだ。
中身は見なくとも判っている。
一枚のカード、たったそれだけ。
「馬鹿者め」
その一枚のカードに、どれほどの未来と愛が閉じ込められていたと思っているのか。
もう二度と彼からの手紙を受け取る機会のなくなった今でさえ、それらは確かにこの封書の中に息づいているというのに。
「おまえは本当に馬鹿だ」
自分だけの男を取り上げてしまった手紙を手にしたまま、ロイは誰の手も届かない場所に駆け足で行ってしまった男に向けて罵倒を繰り返す。
どうせ死人に口なしならば、どれほど罵ったところで文句の言いようもないだろう。
悔しければ、ここに降りてこい。
「こんな物だけ残して、どうするつもりなんだ…?この阿呆」
カサコソと指を差し入れて取り出したカード。
二つ折りにされたそれをロイはそっと開いて、目を通す。
「ほら、おまえも見たいだろう?」
もう一度。
今も文字の向こうに見える、愛の言葉を。
「ラブレター」 岩井俊二監督・日本
(2004.2.3 初出)
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