イノセント


「どうしたのだ、これは?」

首を傾げながらロイが摘み上げたものは、一枚の大振りな白い花弁だった。
咲き誇った過去を物語る、たおやかで肉厚の肌の中ほどに薄い緑の線が一筋刷かれているそれは、百合の花の名残り。

「あー、それな。司令部からここに来る途中に『秘密の花園』を地で行きそうな屋敷があるだろ?そこから失敬してきた」
「折角美しく咲いていた花をか?」

花泥棒には罪はないと言うけれど、それは嘘だ。
命の短さをその美しさと引換えに咲く花を、無駄に散らすことが罪にならないはずはない。

「ちがうって。その花弁だけが一枚落ちてたんだ」

格子状の鉄柵から僅かにはみ出して咲くその姿は、まるで外の世界を恋うような風情で。
そんな花が零した一枚の花弁が、靴底に踏みつけられてしまうのはあまりに惜しいと、そんな似合わない感傷を持ったが最後だった。

「花は散っても綺麗なんだなぁって。でも…」
「…でも?」

―――――散ってしまうその瞬間が一番綺麗なものもある、なんて。

言えない言葉の代りに、ヒューズは目の前に居る親友に腕を伸ばした。
膨らみのない胸を両手で押すと、思い掛けなかったせいだろうか、青い軍服を纏った身体は容易にバランスを崩して、背後のベッドに沈み込んだ。



「う…んっ」

これ以上、何を散らせばいいのか判らない自分たちに似合いの、即物的な情熱だった。
それに囚われることは、ヒューズよりもロイの方が圧倒的に多かった。
だからこそ、何度も何度も、間違わずに受け止めてくれたヒューズに習って、求めてくるその手に向けて無言で身体を差し出した。

「やぁ…あ…」

毟るように肌蹴られた軍服が、中途半端に絡まる身体を強い力で返される。
獣のように這わされて、追い上げられる一方の肢体を最後まで護った衣類を、ついにはすべて剥ぎ取られ。

「ああ…ヒュー…ズ…?」

その手で強く擦り付けられる欲望に、耐え切れずに泣き声をあげながら震えるロイの身体に、趣向を変えた緩い刺激が加えられた。
項から背筋を辿り、受け入れる小さな秘所までを、もどかしさで気が狂いそうになるほどの微かな軌跡を描きながら、通り抜けけていくもの。
悪戯をはたらく指でもなく、濡れて蠢く舌でもない、乾いた羽根のような感触を、ロイは髪に滴っていた汗を振り零しながら、
頭を振ってやり過ごそうとした。

「ヒュぅ…ふ…ぁ」

その残酷なまでに優しい感触が、こんなにも苦しくて耐え切れないものなのだと、判らない男ではないはずなのに。
だがヒューズは、慄く素肌を撫でさすって諌めるような、そんな愛撫を執拗に繰り返す。
踏み荒された痕を、凍てつく白で塗り込めて隠した場所にまで沁み込む、そんな柔らかさで。

無垢な夢から、遠く離れて。
より強い野望に囚われても尚。

―――――たどり着いた先に、おまえが居て欲しいなどと。

叫びそうになるロイの口が、大きな掌に塞がれる。
伝え損ねた言葉を押し殺した唇に、優しく差し込まれたものは、甘い芳香を残した百合の花弁だった。


『イノセント』 ルキノ・ヴィスコンティ監督・イタリア


(2004.2.17 初出)

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