Hounds of love (3)


「おい…っ!」

もう既に空腹を通り過ぎた、そんな時刻だった。
それに重ねて、並みの食事よりも食欲をそそる身体を差し出されてはひとたまりもない。

「違う、ハボック。部屋着に着替えようと思っただけだ、その手をどけろ!」

足元に落ちてしまった青い上着に次いで、素肌を護っていたカッターシャツに手を掛けたのはロイではなくハボックだった。

「どうせ着替えたってすぐに脱ぐことになるんでしょ。そんなの面倒だと思いませんか?」

性急に疼き出したものを合理性にすり替えたハボックの指は、ロイの制止を受け入れることなく働き続け、
小さな釦を次々と外す作業に勤しむのみだった。

「怪我をしてるクセに器用なことだ」
「餌にありつく為なら多少の痛みは我慢できるもんっすよ」

皮肉に耳を貸してしまえば、相手のペースに持ち込まれてしまう。
それよりも『可愛く照れている』のだと、都合のいいように解釈してしまえるのが自分の身上だ。
与えることが目的の、忠誠心から枝別れしたかのような自分の恋だとしても、その滑らかな肌に触れている時だけは唯一自分だけの人だと思いたい。
そんな往生際の悪い、男心が発端だとしても。

「私は痛いのはゴメンだ。…せいぜい楽しませろよ?」
「Aye aye, sir」

戯れを装った返事を伸びた首筋に落としながら、脱衣の続きを愉しもうとしたハボックだったが、言い出した傍からすぐに身じろぎしはじめた身体に、
掛けた手を振り解かれてしまった。

「やはりシャワーくらいは浴びたい。どけ」
「大佐、アンタ俺を焦らすのがそんなに楽しいんすか?」
「何を言ってる。色んなところを舐めまわされる私の気持ちを分かって欲しいものだな、ハボック?」

見上げてくる黒い瞳に滲むからかいの色にもめげない純情と欲情を持ってして。

「じゃ、俺もご相伴に預かります」

突然のロイの気まぐれも、これ全て『据膳』とする逞しさを、何時の間にかハボックは身につけていた。



「ん…っ」

しとどに降り注ぐシャワーの下で。
湯の味が交じる舌と舌を根元から絡ませて、心ゆくまでキスを貪る。
口内で響きあう濡れた音も、溜め息も、シャワーの音に紛れて消えて。
そして残ったものは、身体の芯にともった欲情の焔だった。

「ぃ…あ…ハボッ…ん」

いつもながら、その温度の高さは目眩を覚えるほどだった。
小さな駆け引き、嫉妬、独占欲、そしていつもは何処かに仕舞い込んでいる恋情さえも呑み込んで溶かしてしまう、そんな高熱に脳髄まで冒されて。

「大佐…っ!」

目の錯覚か、それとも惚れた弱みか。
浴び続ける湯に温められた肢体は弾いた湯玉をも飾りにして、見る者を誘い込むように身悶える。
泡立てた石鹸の残り香を乗せた濡れそぼる身体に、たまらずキスを解いたハボックの舌が這わされる。
舌で触れた感覚までもが固い男の身体だというのに、さかまく欲を抑えられない。

「あ…いっ…ぅ」

目立たない場所をと選んでハボックが噛んだ脇腹の痛みに、ロイは小さな呻き声をあげて背筋を撓らせた。
いつもならまだまだ足りないと愛撫を強請る身体は、とめどなく落ちてくる湯の刺激を借りて、もう既に甘く綻びかけている。

「もう…大丈夫?」

尋ねる言葉よりも早く、ハボックは崩れ落ちそうになったロイの身体を真珠色に輝く浴室の壁に押し付けた。

「っ…ふ」

大理石のタイルが埋め込まれた壁とハボックの身体に挟まれて、身動きすることも適わないロイの片足を大きな手が掬い取る。
その膝裏を抱え込むことによって露わにされた場所に、ハボックは包帯を巻いていない方の人差し指をつぷりと差し入れた。

「ああっ…!」

その異物感を伴う衝撃を、やはりやり過ごすことが出来なかったのか、ハボックの背に回されていたロイの両手に力が篭もる。
だが、指を呑み込んでいく場所は信じられないぐらい柔らかく温かい。
自分を迎え入れてくれるのだと、錯覚してしまいそうな程に。

「大佐…ごめん。俺、もー駄目」

与える為に始めた関係を崩さぬように、肌を重ねあうときはいつもロイの欲望を優先させてきたハボックだった。
勿論そこには、弾けて散った快楽に蕩けるロイの表情を伺い見るという、別の趣向もない訳では無かったが。
しかし今は。
これが投げかけられた温情だというのなら。

「ここ、触ってて」

自分の背中に縋る片方の腕を取り、確かめさせるように震える屹立に触れさせる。

「俺、片方の手しか使えないから。今日は…」

自分で追い上げろと。
そんな意地の悪い我が侭を、耳元で囁いてみる。
途端に戸惑う視線がハボックを見上げたが、極まる寸前の身体を抱え込まされてはどうしようもない。

「うん…っぅ」

奥を捏ねる指を抜いた途端に、逃げるように腰を引いてしまう身体を片腕に閉じ込めたまま、ハボックは自分の猛りを
ゆっくりとその中に埋め込んでいった。

「うっ…あああっ」

強い腰に持ち上げられるように揺すぶられるたびに、耐え切れない喘ぎがあがる。
すすり泣くようなそれに更なる火をつけられて、身体を流れ落ちる湯を撒き散らしながら溢れて零れそうになるものを、
柔らかく噛みついてくる場所に何度も何度も打ち付ける。
その度に下腹に擦り付けられるロイの熱に蕩かせられながら。

「ふ…ぅんっ…」

すべてを投げ打ってもいいとさえ思う快楽の最中にあっても、泣き濡れる唇に落とすくちづけだけは、ハボックは手放すことはしなかった。



「逆上せた…」

我を忘れて貪った代償は。

「シャワーを浴びただけで、どうして逆上せてしまうのだ?」

湯あたりを起こしたロイを、不自由な手で大判のバスタオルにくるんで、拭いて。
そして、ここぞとばかりに言うことを聞かなくなったロイの身体を、チェストの中から取り出してきたパジャマに四苦八苦しながら包み込んで。

「どうせ、俺のせいだって言うんでしょ…」
「当たり前だ。それ意外になんと言えばいいんだ?」

気がつけば、未だにバスタオル一枚を腰に巻いただけのハボックの身体は一連の作業で汗をかき、
今は再びシャワーが必要になるくらいに冷えていた。

「でも、大佐が許可してくれたんですよ」
「馬鹿者!ものには限度があるだろう」

広いベッドに横たえられた安堵から眠気に誘われながらも、図に乗りすぎた部下を叱責することは忘れない。

「あの、俺、身体冷えきっちゃったんすけど…一緒に寝ていいっすか?」
「ふざけるのも大概にしろ、ハボック少尉。おまえにはゲストルームのベッド…いや、応接室のソファーでもお釣が来る」
「Aye, sir…」

帳尻合わせに暖かな寝床を奪われたハボックの耳に聞こえてきたのは、瞬時にして眠りに落ちたロイ・マスタングの静かな寝息だった。



(2004.03.23 終了)


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