非情上司


どうしてだか。
その日の彼は、とても素直で情熱的だった。


「あ…ふ…」

長すぎるくちづけをほどいたあとの、濡れた溜息に小さな喘ぎが加わる。
どんな表情でその声を零したのかを確かめたくて、耳朶を唇で嬲りながらそっと白い面を伺い見る。
すると閉ざした瞼を縁取る黒い睫毛がふるりと震え、ハボックの視線を感じとったかのようにゆるりと瞼が開かれる。
露わにされた、宝玉の黒。

「何してる…はやく…」

その漆黒に見入られたハボックの、おざなりになった愛撫の手を強請る声が聴覚をくすぐる。
途端にどくりと脈打つ熱に全身を侵されて、ロイを覆うように重ねていたハボックの手が追い上げる動きを再開する。

「ここ…?」
「んっ…いい…」

自分の思いに応えるように撓る身体が嬉しくて、ハボックはロイの柔らかな耳朶に未だ執着していた唇を離し、かわりに甘い言葉を囁いた。

「愛してる…ロイ」

薄く開いた唇から誘うように覗く桃色の舌を自分のそれで捕らえて、再び深い角度で吐息を奪う。
自分の下でぴくりと揺れる身体を宥めるように右手で脇腹を撫で、その一方で左手は小さく尖った胸の彩りを軽く摘みあげる。
伸ばされた手がハボックの肩に縋り付き小さく爪を立てるのは、息が苦しいと伝える無言の訴えか、それとも与えられる快楽の深さを伝えるものなのか。
どちらにしても、もう既に皮膚に食込む痛みさえ、ハボックにはまともに感じ取ることが出来ないのだ。
ただ愛しくて。
悶えて揺れる白い肢体に、自分の痕を残すことしか考えられない。

「俺が欲しいって…言って」

滑らかな脇腹に這わせていた手をロイの欲望の徴に移動させ、ハボックは欲しい言葉を引き出す為に蜜に濡れる先端に指を絡ませた。

「ああっ!」

ダイレクトに伝わる刺激に耐え切れず、ロイの腰が跳ね、同時に高い嬌声があがる。
無意識のうちに開いた膝の間に、閉じる隙を与えないように自分の身体を挟み込ませ、過ぎた刺激に震えが止まらない内腿に素早く唇を落とす。

「ロイ、ほら…言って?」
「う…あぁ…」

責め立てるハボックの指に更に暖かな蜜が零れ落ちる。
陥落直前の身体の奥、自分を温かく包む場所にハボックは掬い取った雫を塗り込める為に、指を忍ばせようとしたその時―――――



(少尉)
(ハボック少尉)
(おい、ハボック!)

遠く自分を呼ぶ声が、段々と近づいて。
微かに揺らされる肩の感覚が、少しずつ鋭く感じられて。

「ハボック少尉、お疲れのようだな」

次に呼びかけられた低く落とされた声色が、細波の中を心地よく漂っていたハボックの細胞を完全に目覚めさせた。

「あ…大佐、俺…?」

呼び戻された現実に背けることなく目をやれば、そこには自分を捕らえて離さない、毒の花の微笑みが。

「ここがどこか判っているだろうな?」
「……司令室です」
「そうだ。ここはおまえの部屋のベッドの中ではない」

どうやら自分は夢の中をさ迷っていたらしい。
それをひとつづつ摘発していく冷たく静かな上司の声が、ハボックの置かれた非常事態のやばさをより一層に裏付けて行く。

「信頼していた部下に目の前で居眠りされるとは思わなかったよ」

自分のいつもの所業を棚に上げ、ロイ・マスタングは更に作りものめいた笑顔を深くした。
気がつけば、一挙に凍てついた場所に残されたのは、冷汗に塗れたハボックと上っ面だけの微笑みを崩さない上司だけ。

「また減俸処分にならないように職務に忠実に励んでくれたまえ、少尉」

わざとらしい穏やかな声を残して、ロイはくるりと踵を返して去っていく。
嘘でくるまれた言葉とはうらはらな、ハボックに非情な本音を語る雄弁な背中。

『そんなに疲れが溜まってるのなら、暫くセックスもお預けだな』

遠ざかっていく姿勢の良い後ろ姿に、無言の圧力をかけられて。
哀願の声すら上げることのできないハボックは、ガックリと自分の机の上に力の抜けた身体を突っ伏せた。



夢の中の従順な身体より。
非情なあなたでもいいから、ずっと触れていたい。


「悲情城市」ホウ・シャオシェン監督・台湾


(2004.2.6 初出)  


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