ゲシュタルトT(プレビュー)


「オーランド・ハックスレー氏は、私の先輩なのだよ、少尉」
「どういうことです?退役軍人ってことですか?」
「そちらのでは無い。国家錬金術師の方の、だ」

そう告げられて、なるほどとハボックは得心した。
先ほどロイが告げた【科学的な裏づけが可能な興味深い事例】を司る人物が、錬金術師であるハックスレー氏だということなのだろう。

「ハックスレー氏が、国家錬金術師として軍属していた時期は、1884年から89年までの六年足らずという短い間だったが、
軍の薬物兵器開発に携わっていたことで、大総統に銀時計を返したあとも、しばらくは軟禁状態にあったらしい」
「国家錬金術師による、薬物兵器の開発…?そんなこと俺、はじめて聞きましたよ?」
「当たり前だ。あまりに非人道的な武器だということで、同時に開発に取り掛かっていた、アメストリス・ドラクマ・クレタの三国と、
後発として取り組もうとしていたアルエゴを巻き込んで、化学兵器防止条例が20年も前に制定されているからな」

それでも開発された兵器はひっそりと、アメストリスの軍需工場の奥深くに、眠らされているというのが現状だ。
その上、国家錬金術師が大量に従軍したことで、結局は使われることは無かったけれど、イシュヴァールの内乱があれ以上長引いていたならば、
捨て置かれているそれらを、揺り起こして使用することも厭わないという、一部上層部の声を、大総統が採択した可能性も、
全くのゼロという訳ではなかったのだ。

「そんじゃ、今回の件はその薬物兵器がらみの調査だと…?」
「まさか。さすがにそれは単独調査の手に余る、危険すぎるターゲットだ」
「はは…。それを聞いて安心しました。軍人という職業を選んだとはいえ、俺だって凄惨な死に方をしたい訳じゃないですから」

知らぬうちに噴き出していた、額の汗を拭いながら、ハボックは心底安心したというように、ため息交じりの笑い声を上げた。

「では、一体全体、ハックスレー氏はそのヤバイ橋以外に、何をやらかしたって言うんです?」

じわりと背後に忍び寄ってくるような、長引く陰湿な恐怖よりも、長刀を振るって切り込んでくる、一瞬の恐怖に息を呑むほうがどれだけマシか。

「もったいぶらずに、教えてください、大佐!」
「全く…せっかちな犬だなお前は」

仕方ないヤツめと目を細めたあとに、ロイは軽く肩をすくめて天を仰ぐ。

――――ハボック、安心するのはまだ早いぞ。

確かに、軍需工場という揺り篭の中で、半永久的に眠らされている兵器の存在は、現段階に置いて、各国を今の位置に繋ぎとめている、
蜘蛛の糸のように脆い友好協定を、簡単に破壊する力を持っている。
けれど、国家錬金術師の称号を返上した後に、ハックスレーが手を染めたものが、密かに流布されている噂どおりだったなら…。

一年という歳月を挟んでも、尚、寸分違わずに思い出せる。
片腕・片足をもぎ取られ、弟の生身までをも奪われた、今より幼いエドワードの悲惨な姿。
失くしたもの達の大きさに、彼は押しつぶされる寸前だった。
その凄惨を舐めずして、愛する人を黄泉から奪い去ることなど出来るはずが無い。
いや、それどころか、汚泥の中を這いずり回るより酷い有様になっても、禁忌に手を出した者の望みが、叶った例を自分はひとつも知らないのだ。
ホークアイが手に入れた写真の人物が、真の人体錬成の結果だとすれば、ハックスレーは神の領域を侵したことになる。
それならば、彼は一体どのような代償を払って、妻をこの世に蘇らせたのか。
そして、その錬成の成功が表沙汰になったとき、世界はどんな風に変わってしまうのか。

もしかしたらその変貌は、薬物兵器が及ぼす破壊力よりも、何倍も凄まじい力が作用して行われるのかも知れないのだ。



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