ゲームの法則(221 原っぱ)


二日間に渡って行われる、セントラル士官学校の年に一度の大規模演習は、国軍の査察員を迎えるための大イベントだ。
郊外になだらかに広がる丘陵の一部、とは言え、かなりの規模を誇る中央士官学校が所有する軍事演習所は、昼夜に渡って模擬の戦場になる。
「師団」と呼ぶにはかなり無理がある、愛らしい人数で構成された未来の軍エリート達の一団が、地を這い、浅瀬を蹴散らし、叢に身を隠しながら、
敵本陣の陥落を目指してしのぎを削りあう。
模範生とは言い難い、けれど制裁の対象になるにしては優秀な生徒であるマース・ヒューズとロイ・マスタングもそれに倣うはずだった。

「あ〜あ、みんなボロボロだ・・・どうすりゃいいんだよ!」

西軍・第17小隊の指揮を任されたマース・ヒューズは、大袈裟な仕草で黒土の地表に拳を叩き付けた。
激しい怒りのゼスチャーと、引き結ばれた薄い唇とはうらはらに、眼鏡の奥の碧はいたずらっぽく煌いている。
ライフルレストを並べ、肩を並べ、テーブルの上に置かれたナイフとフォークのように、ヒューズの身体と沿って冷たい大地に身を伏せていた
ロイ・マスタングだけが、そのことに気づいていた。

「そう言ってやるなよ、ヒューズ。軍の偉いさん達の視線がある上に、長ったらしい将軍さまの挨拶でみんな調子が狂ってるんだろうよ」

寝そべったつま先の方から聞こえてくる、場に不似合いなのんびりした声をかき消したのは、30口径の自動小銃の発砲音だった。
クリップに装填された全弾を使いきり、銃から排出されたふたり分の空薬莢が、ヒューズの拳の痕がついている地表に落ちる。
それに僅かに遅れて、スコープを覗き込んでいたロイの黒い瞳が眇められ、標的の掲げられたはるか先方に鋭くその視線を投げかけた。

「マース・ヒューズ、7発命中。ロイ・マスタング、6発命中。両名とも最後列にまわれ!」

少し離れた場所から聞こえてくる監督生の声に、ふたりは従順に倣う。
服にこびり付いた黒土に押し当てるように、火薬の匂いが濃く残るライフルを小脇に抱いて、まだ土の上に競りにかけられた魚のごとく
寝そべっている級友たちの横を、小走りに駆け抜けていく。

「ふふん、俺の勝ちだな」

並んで走るロイの耳に、勝ち誇ったヒューズの声が届く。
一度に装填できる弾は八発。それで300メートル離れた標的を打ち抜くのだ。
用意された全ての標的を倒さなければ、小隊は前進することを許されない。
それが有刺鉄線のこちら側に課せられたルールだった。

「よし、次はジョーンズとスコット!」

最後方に回ったふたりの次に名を呼ばれた、二名の学生が持つライフルが放った銃声が木立の緑を脅かし、上空を渡る風の行く手をさえぎっていく。
敵の肉に食らいつくための実弾は、けれどここでは誰も傷つけない。
東西南北、各地から流れてくる血なまぐさいニュースは絶えることはなかったが、セントラルには戦渦の足音さえも聞こえてこない。

「笑ってろ、次は俺が勝つさ」

携帯していたクリップを小銃に装着させ、ロイは再び黒い土の上に身を伏せる。
投げ出された、まだ厚みの足りない胸も、熱の篭りやすい下腹も、伸びやかな脚も、その何もかもがまだルールの中で護られていた。

「あー、俺は個人的な勝敗よりも、第17小隊が二巡目で次のステージに進むことが出来るかどうかの方が気にかかるよ」

自分たちが確実に放り込まれるだろう戦場は、身近でありながらまだ遠い。
まだ今は、ゲームを愉しむことが出来る。
遠く迫撃砲が着弾した音に顔をしかめ、ヒューズは血の匂いのしない冷たい野っぱらに腹ばいになっているロイにそう囁いてから、
睨みつけてくる視線を無視して、その身体の横に長身の身を伏せた。


(2004.12.09)


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