I should have known better (1)



「本当に申し訳ございません。生憎、こちらの部屋しか空きがなかったもので」
「いや、この時期にいきなり部屋を用意しろとゴリ押ししたこちらの方が悪いのだから、気にしないでくれたまえ。
それに私はこの部屋は大変いい部屋だと思っているよ」
「そう言っていただければ幸いです」
深々と頭を下げる初老のコンセルジュに対して、弁舌さわやかに応対している上司の背後に控えるジャン・ハボックは、
その上背のある立ち姿だけは職務に忠実な軍人らしく微動だにしなかった。
しかし、その印象的な深い青に染まるふたつの瞳は、この部屋に入ってからというものきょろきょろと忙しなく動き続け、
室内備え付けの見るからにバカ高そうなネオ・クラッシック様式の家具、調度品などを興味深く眺めながら、
まったくもって見当違いな品定めをしていたのだ。

エグゼクティブフロア最上階、総面積にして135uの豪奢なその客室は、
上品で目に優しいアイボリーホワイトとダークブラウンを基本色にした縦長に広いリビングと、
無駄に広いホワイエに隔てられた寝室の二部屋からなっている。
コンセルジェの手によって最初に開け放たれたリビングの壁紙の柔らかな白、そして高級オーク材で統一された家具の典雅な茶色。
世知辛い日常から隔絶されたそれらを目の当たりにして、ハボックは前述の通り目線を上下左右にフラフラと彷徨わせながら、
強靭な肉体が際立つ見た目とは正反対のナイーブな心の中で、分不相応な部屋で恋人と共に過ごすこの先数日間に対する甘い期待の渦と、
艶のある黒髪の陰にツノを隠し持つ上司に対する畏怖の渦のふたつをせめぎ合わせていた。
正直な話、だだっ広い部屋や高価な調度品なんて、目の前に立つ人が住まう官舎の中で、そりゃもう飽きるほど見てきたはずのハボックだったが、
室内画を思わせる静謐な部屋には当然ながら山と積まれた書籍も無ければ、
ゆるやかな波をうちながらソファーに投げ捨てられた衣類の一枚も見当たらない。
(落ち着かねぇな……)
職務とはいえ、どこまでも庶民を寄せ付ける気配のない空間に放り込まれた身のハボックとしては、
この場に居ることがなんだか妙に尻のすわりが悪く、出来ることならば早急に老朽化の目立つ東方司令部に向かって
駆け出したいとさえ思っていたのだ。

だが、しかし。
(おおっ、これは!)
一部屋でハボックの下宿先の部屋ふたつ分が軽く入るリビングをあとにし、次に恭しく通された寝室の間接照明が灯された途端に、
今まで定まることのなかったハボックの視線がものの見事に一点に集中した。
(もしかして、今回俺って……役得?)
予想外のラッキーパターンに固まるハボックだったが、一従卒の心の機微を受け止める以前に、
目の前の青年佐官のご機嫌取りが最重要事項のコンセルジェの声は、リビングから引き続きやるせない嘆きの色を帯びていた。
「本当にこのようなお部屋しかご用意できずに…ご不便をおかけいたします。
私はこれで失礼させていだきますが、何かご不便があった時はフロントの方に連絡をしていただければ、
すぐに係りの者が参りますので、遠慮なく御用をお申し付けください」
「ありがとう。大変いい部屋を用意してくれて感謝するよ」
「いいえ、滅相もございません!」
ロマンス・グレーに染まる頭髪が床につくのではないかと思うほどに腰を深々と折って侘びを告げるコンセルジェに向かって、
ロイは小さく肩を竦めてみせた。


アメストリス国内において、軍は強大な力を持っている。
その強権を頭上でふるわれれば、民間の豪華ホテルなどは繁忙期であろうがなかろうが、
無条件に軍の要人にその地位に見合う部屋を提供しなければならない。
今回だって、急遽決まった東方司令部ナンバー2の座に君臨するロイの為に、
ホテル側は自慢の部屋を見繕い、用意したはず――――少なくとも一尉官でしかないハボックの目には、ここが十二分にリッチでゴージャス、
その上値段はデンジャラスな、ロイ・マスタングが滞在するのに相応しい部屋として映っていた。
それなのに、どうしてだか応対する従業員すべてが必要以上に低姿勢でロイに接するのを、先ほどからハボックは訝しく思っていたのだ。

しかしその疑問は、この寝室に足を踏み入れた途端に一気に解消した。
(これって所謂、ハリウッド・スタイルってーやつ?ヒャッホーッ!!)
心の中で歓喜に震える拳を振り上げたハボックの視線の先にあるものは、
淡い琥珀色の照明に照らされて浮かび上がった寝室、その中央に鎮座する二台のセミダブルベッド。

「ご従卒の方もいらっしゃるというのに、このような使い勝手の悪いお部屋しかご用意出来なかったこと、我々一同、心よりお詫び申し上げます」

それもご丁寧に、真珠色に輝くリネンに包まれたベッドが二台ぴったりと寄り添う形で整えられた、
ハリウッドツインスタイル――――これこそが、ハボックの疑問に対する答えの全てだった。


(2007.01.30 続く)


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